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現生人類(ホモ・サピエンス)の日本列島への到達・定着過程を示す遺跡の発掘調査成果―中国山地の遺跡年代値などから所謂「日本人」の起源解明に迫る―

2024年05月20日

 中央大学、東京大学総合研究博物館、立正大学、(株)火山灰考古学研究所、(株)パレオ・ラボは、共同研究として、2022 年8月と 2023 年9月に、岡山県真庭市蒜山高原にある後期旧石器時代の①小林河原遺跡の発掘調査と、②城山東遺跡から出土した炭化材の放射性炭素年代測定分析を行いました。
 その結果、①では、後期旧石器時代初頭期の局部磨製石斧(写真左、約 10.5cm)と隠岐島産の黒曜石で作られた台形様石器(写真右、約 3.5cm)を発見しました。局部磨製石斧の発見は、県内では 3 例目の遺跡となります。現在のところ、後期旧石器時代前半期の局部磨製石斧は、オーストラリア(サフル大陸)と日本列島以外では発見されていません。また、島嶼環境にある原産地産の黒曜石製石器が中国産地で発見されることは、現生人類(ホモ・サピエンス)が海上を往還渡航したことを示す具体的な証拠となります。②では、一昨年度発表した岡山県真庭市・新見市所在の遺跡年代調査での成果(2022 年 6 月 27 日プレスリリース)に引き続き、近畿・中国・四国地域の最古の年代値(約 34,000〜36,000 年前)を得ました。これにより、城山東遺跡も日本列島の最古級の遺跡、石器群、人類の生活痕跡であることが明らかになりました。
 今回の成果は、継続した学術的な発掘調査と、炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定分析を含めた各種理化学的な分析による古環境の復元が極めて重要であることを示すものです。本研究成果は、2024年 5 月 26 日(日)に千葉大学西千葉キャンパスで開催される日本考古学協会第 90 回総会、および、同年 6 月 22 日(土)に岡山理科大学で開催される日本旧石器学会にて発表予定です。

研究内容

1.調査の経緯
 ① 1980 年代に岡⼭理科⼤学が発掘調査を実施した真庭市⼩林河原遺跡の未調査部分を、新たな調査研究⽬的と⽅法で発掘することで、遺跡の形成過程と古環境復元を⽬指しました。隠岐産⿊曜⽯の原産地の開発と利⽤、流通の実態を分析することを通じて、現⽣⼈類(ホモ・サピエンス)の⽇本列島への最初の到達・定着の過程を明らかにしようと考えました。そこで、2022 年 8 ⽉、2023年 9 ⽉と発掘調査を実施し、出⼟品と⼟壌サンプルについて各種分析を実施してきました。
 ② 岡⼭県教育委員会(1979)、岡⼭県古代吉備⽂化財センター(1995)が過去に発掘調査した遺跡から、旧⽯器時代の⽯器に伴って炭化材が出⼟していました。これら遺跡出⼟の炭化材について、試料のサンプリングと樹種同定分析・年代測定分析を 2020 年度より断続的に実施してきました。今回、その炭化材を(株)パレオ・ラボにて樹種同定分析を実施した上で、東京⼤学総合研究博物館所有の加速器質量分析装置(AMS)を⽤いて放射性炭素年代測定分析しました。

 

2. 調査の体制
 中央⼤学、東京⼤学総合研究博物館、⽴正⼤学、(株)⽕⼭灰考古学研究所、(株)パレオ・ラボの共同研究。
 調査参加者:及川    穣(中央⼤学⼈⽂科学研究所・客員研究員、⽴正⼤学環境科学研究所・客員研究員)
       ⼩林    謙⼀(中央⼤学⽂学部・教授)
       遠部    慎(中央⼤学⼈⽂科学研究所・客員研究員)
       ⽶⽥    穣(東京⼤学総合研究博物館・教授)
       尾嵜    ⼤真(東京⼤学総合研究博物館・特任研究員)
       ⼤森    貴之(東京⼤学総合研究博物館・特任研究員)
       下岡    順直(⽴正⼤学地球環境科学部・准教授)
       早⽥    勉(株式会社⽕⼭灰考古学研究所・所⻑)
       ⼩林    克也(株式会社パレオ ラボ・研究員)
       ⼩嶋    善邦(岡⼭県古代吉備⽂化財センター・総括副参事(調査時))
       岡嶋    隆司(⽝島⾙塚調査保護プロジェクトチーム)
       菅    紀浩(瀬⼾内⽂化財研究会)
       三好    元樹(兵庫県まちづくり技術センター埋蔵⽂化財調査部・主任研究員、⽴正⼤学環境科学研究所・客員研究員)
       沖野    実(愛媛県埋蔵⽂化財センター・主任主事) 杉⼭    歩夢(広島県⽴歴史博物館・学芸員)
       今岡    友佳(松江市⽂化スポーツ部埋蔵⽂化財調査課・主任主事)
       ⿊岩    陸(中央⼤学⽂学部⽇本史学専攻 4 年⽣)

 調査原因:⽇本学術振興会科学研究費補助⾦・基盤研究(A)「⾼精度年代体系による東アジア新⽯器⽂化過程−地域⽂化の成⽴と相
      互関係−」(研究代表者:⼩林謙⼀・課題番号:22H00019)、基盤研究(C)「資源開発⾏動からみた現⽣⼈類の⽇本列
      島への定着過程」(研究代表者:及川 穣・課題番号:21K00958)および中央⼤学⼈⽂科学研究所の予算による成果。
 
 調査協⼒者:国⽴歴史⺠俗博物館・坂本    稔、⼭本⾥絵
       東京⼤学総合研究博物館
       岡⼭理科⼤学⽣物地球学部(⽩⽯ 純教授、洪惠媛准教授)真庭市教育委員会
       NPO 法⼈ ⽂化遺産と考古学の学際的調査研究機構(ISAC)津⿊⾼原荘
 

3. 調査の⽬的・⽅法・成果
調査期間:2022 年 8 ⽉ 18 ⽇〜21 ⽇、2023 年 9 ⽉ 14 ⽇〜18 ⽇他

調査⽬的:
 ⽯器群の分布範囲を確定させ、遺跡の性格・機能を明らかとする。また⽯器群と炭化材の共伴関係を捉え、遺跡を残した⼈々の活動の年代を推定する。同定樹種やテフラ分析、植物珪酸体分析、光ルミネッセンス(OSL)年代測定によって当時の気候や植⽣など古環境を復元し⼈類の⽣活環境を推定するためのデータセットを構築する。

調査⽅法:
 未調査区の発掘調査によって、出⼟状況の平⾯・垂直分布、⼟層堆積状況を記録した。樹種同定=⾛査型電⼦顕微鏡による検鏡、写真撮影。
 放射性炭素年代測定=加速器質量分析装置(AMS)による分析。
 テフラ分析=⽕⼭ガラス⽐と重鉱物組成を合わせたテフラ組成分析および屈折率測定。植物珪酸体分析=ガラスビース法による抽出と同定。
 OSL 年代測定=堆積物から抽出した⽯英の OSL 信号を⽤いた年代測定。

調査成果:
(1)遺跡・⽯器群の特徴、理化学的年代
 ①分布範囲を確定できたことから、⽯器集中部を 9 つ検出し、径 15〜18m ほどの環状ブロック群であることが捉えられました。
  環状ブロック群とは、関東平野を中⼼に発⾒され、マクロバンドの形成を想定させる⼤規模な集落として位置付けられています。
 ②出⼟した⽯器は、隠岐島産⿊曜⽯製の台形様⽯器と、硬質な三郡変成岩製の局部磨製⽯斧でした。これによって、蒜⼭⾼原遺跡群
 (⼩林河原遺跡・城⼭東遺跡・中⼭⻄遺跡・下郷原⽥代遺跡など)は、台形様⽯器群と局部磨製⽯斧を主体とする⽯器群であると
  評価できます。
 ③整合的な放射性炭素年代として信頼性の最も⾼い中⼭⻄遺跡や城⼭東遺跡を基準にするならば凡そ 34,000-36,000 cal BP 前後の値
  を与えることができます。今回、城⼭東遺跡の分析値が 34,000- 36,000 cal BP となり、中⼭⻄遺跡などと共に⽯器群との整合的で
  確実な放射性炭素年代としては、近畿・中国・四国地⽅の放射性炭素年代の最古の年代値となりました。
 ④また、⼩林河原遺跡の⽯器群出⼟層準の OSL 年代測定分析値も 29±2 ka〜33±2 ka となり、上記の成果を裏付けるものとなりま
  した。

(2)気候・植⽣・海⽔⾯変動
 28,000 cal BP 前後を遡る時期の⽐較的温暖な気候と植⽣(サクラ属・コナラ属・ブナ属等)から、最終氷期最寒冷期(LGM)にむかって亜寒帯性の気候・植⽣(トウヒ属・マツ属・モミ属等)へと変化していることが予想されます(及川他 2022・2023)。今回、⼩林河原遺跡の⽯器群を包含した層とその下層から出⼟した炭化材がスギ(年代値は約 42,000〜45,000 cal BP)と判別され、現在の植⽣との⽐較検討からすれば、上記の成果を補強する結果となりました。
⇨列島規模の国⽴歴史⺠俗博物館 DB(⼯藤他 2018)からも整合的です(地域的な変異あり)。
⇨花粉分析の結果(⼤井 2016)を裏付けることができました。
 とりわけ、北緯 36°前後以南(主に⻄⽇本)で顕著。地域的な傾向性や変化を丁寧に復元していく必要があります。古気候・古環境の復元は理化学的年代測定値や樹種だけでなく、花粉など複合的情報を積み上げていった先に得られるものと考えられます。今後も、事例データを積み重ね、列島における後期旧⽯器時代の古環境について、さらに検討していく必要があります。

 

4.意義
 考古学的な最終⽬的として、資源開発⾏動からみた現⽣⼈類(ホモ・サピエンス)の⽇本列島への定着過程を明らかにすることを掲げています。つまり、無⼈の⽇本列島に初めて到達し、定着に成功した解剖学的現⽣⼈類(ホモ・サピエンス)がどのように新天地への適応を果たし⽣活領域を認識し、暮らし始めたのか、その⽂化的特性は何か、いかなる社会的関係を築いてそれを成し遂げたのか。このような所謂「⽇本⼈」の起源に関わるような問題を解明するための最古級の遺跡が、蒜⼭⾼原を中⼼とした中国⼭地に残されていたことがわかってきました。

① 後期旧⽯器時代初頭期の局部磨製⽯斧と隠岐島産⿊曜⽯製の台形様⽯器を発⾒しました。局部磨製⽯斧の発⾒は、県内では 3 例⽬の遺跡となります。現在までのところ、後期旧⽯器時代前半期において、局部磨製⽯斧はオーストラリア(サフル⼤陸)と⽇本列島以外では発⾒されていません。また、島嶼環境産の⿊曜⽯製の⽯器が中国⼭地で発⾒される事例は、現⽣⼈類(ホモ・サピエンス)が海上を往還渡航したことを⽰す具体的な証拠となります(cf. 海部 2017、池⾕ 2017)。
② 昨年度の成果(及川ほか 2022・2023)に引き続き、近畿・中国・四国地域の最古の年代値(約 34,000〜36,000 年前)を得ることができました。⽇本列島の最古級の遺跡、⽯器群、⼈類の⽣活痕跡であることが明らかとなりました。

 今回の報告のように、炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定分析を含め、各種理化学的な分析によって、年代、古気候、古植⽣、古動物相、当時の海⽔⾯など古環境を復元することが極めて重要であることがわかります。今後もこれら⼈類史的にも重要な研究を本地域のフィールドワークからアプローチしていきます。なお、本研究成果は、5 ⽉ 26 ⽇(⽇)に千葉⼤学⻄千葉キャンパスで開催される⽇本考古学協会第 90 回総会、および、6 ⽉ 22 ⽇(⼟)に岡⼭理科⼤学で開催される⽇本旧⽯器学会にて発表予定です。

引⽤・参考⽂献

・池⾕信之 2017「世界最古の往復渡海―後期旧⽯器時代初頭に太平洋を越えて運ばれた神津島産⿊曜⽯―」『科学』87- 9:849-854

・⼤井信夫 2016「花粉分析に基づいた⽇本における最終氷期以降の植⽣史」『植⽣史研究』25:1-101

・岡⼭県教育委員会 1979『野原遺跡群早⾵ A 地点  岡⼭県埋蔵⽂化財発掘調査報告 32』

・岡⼭県古代吉備⽂化財センター 1995 『中国横断⾃動⾞道建設に伴う発掘調査 2(本⽂)中⼭⻄遺跡 ; 城⼭東遺跡 ; 下郷原和⽥遺跡 ; 下郷原⽥代遺跡 ; ⽊⾕古墳群 ; 中原古墳群 2』424 ⾴、岡⼭

・及川 穣・灘 友佳 2018「⼭陰・中国⼭地における後期旧⽯器時代の⿊曜⽯利⽤」『島根県古代⽂化センター研究論集』19:63-93

・及川 穣・遠部 慎・⼩嶋善邦・⼩林謙⼀ 2022「岡⼭県新⾒市野原遺跡群早⾵ A 地点の年代学的検討―⽯器群の分布と炭化材の炭素 14 年代測定分析―」『中央史学』45:17-37

・及川  穣・⼩林謙⼀・遠部  慎・⽶⽥  穣・尾嵜⼤真・⼤森貴之・⼩林克也・⼩嶋善邦・灘  友佳 2022「中国⼭地における後期旧⽯器時代前半期遺跡の年代学的研究―出⼟炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定―」『旧⽯器研究』18:125-139

・及川 穣・⼩林謙⼀・遠部 慎・⽶⽥ 穣・尾嵜⼤真・⼤森貴之・⼩林克也・⼩嶋善邦・灘 友佳2023「中国⼭地の後期旧⽯器時代遺跡から出⼟した炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定―解剖学的現⽣⼈類の⽇本列島への定着過程の解明にむけて―」『Isotope News』786:38-42

・及川 穣2024「隠岐諸島から中国⼭地における後期旧⽯器時代の⼈類の⾏動領域」『考古学雑誌』106-2:1-43

・海部陽介  2017「⼈類最古段階の渡航―その謎にどう迫るか?―」『科学』87-9:836-840

・京都府埋蔵⽂化財調査研究センター  2021『上野遺跡第3次調査  3万6千年前の⽯器群』4⾴

・京都府埋蔵⽂化財調査研究センター  2021『稚児野遺跡第3次調査』4⾴

・⼯藤雄⼀郎・坂本稔・箱﨑真隆 2018「遺跡発掘調査報告書放射性炭素年代測定データベース作成の取り組み」『国⽴歴史⺠俗博物館研究報告』212:251-266

・⼩嶋善邦 2020「野原遺跡群早⾵ A 地点の再評価」『第 36 回中・四国旧⽯器⽂化談話会 中国⼭地東部の⽯器⽯材―野原遺跡群早⾵ A 地点の再評価から―』15-43 ⾴、第 36 回中・四国旧⽯器⽂化談話会実⾏委員会

・藁科哲男 2004「七⽇市遺跡出⼟サヌカイト・⿊曜⽯製の⽯器・剥⽚原材産地分析」『七⽇市遺跡(Ⅲ)旧⽯器時代の調査』106-127⾴ 兵庫県教育委員会

・C. Clarkson et al. 2017 Human occupation of northern Australia by 65,000 years ago Nature 547, 306–310 doi:10.1038/nature22968 Christopher J. Bae et al. 2017 On the origin of modern humans: Asian perspectives. Science 358(6368)

・Kasih Norman, Ceri Shipton, Sue O'Connor, Wudugu Malanali, Peter Collins, Rachel Wood, Wanchese M. Saktura, Richard G. Roberts, Zenobia Jacobs. 2022 Human occupation of the Kimberley coast of northwest Australia 50,000 years ago. Quaternary Science Reviews 288. DOI:10.1016/j.quascirev.2022.107577

・Kasih Norman, Corey J.A. Bradshaw, Frédérik Saltré, Chris Clarkson, Tim J. Cohen, Peter Hiscock, Tristen Jones, Fabian Boesl. 2024 Sea level rise drowned a vast habitable area of north-western Australia driving long-term cultural change. Quaternary Science Reviews 324:1-15

・Shaun Adams et al. 2024 Early human occupation of Australia’s eastern seaboard Scientific Reports 14, Article number: 2579:1- 9(nature portfolio). https://doi.org/10.1038/s41598-024-52000-y

・Yokoyama Y. and Purcell A. 2021 On the geophysical processes impacting palaeo-sea-level observations Geoscience Letters 8, 13

参考資料

【⼩林河原遺跡の調査成果】
 1)遺物の分布状況

2)出⼟⽯器

3)光ルミネッセンス(OSL)年代測定分析結果

【図1:城⼭東遺跡と⼩林河原遺跡採取試料の放射性炭素年代と較正曲線(OxCal4.4)】

【図2:海⽔⾯変動と中国⼭地の旧⽯器時代遺跡の位置、隠岐⿊曜⽯原産地】

【お問い合わせ先】
<研究に関すること>

 及川    穣(オヨカワ    ミノル)
 中央⼤学⼈⽂科学研究所    客員研究員
  E-mail: ominoru003[アット]g.chuo-u.ac.jp

<広報に関すること>
 中央⼤学    研究⽀援室
  TEL:03-3817-7423 または 1675    FAX    03-3817-1677
  E-mail: kkouhou-grp[アット]g.chuo-u.ac.jp

※[アット]を「@」に変更して送信してください。