大学院

【究める vol.138】修了生の声 仲地 二葉さん(経済学研究科 博士後期課程)

2024年05月16日

「究める」では、大学院にまつわる人や出来事をお伝えします。前回に続き、「修了生の声」をお届けします。博士後期課程の3回目となる今回は、経済学研究科 博士後期課程を修了した仲地 二葉さんです。大学院時代の研究テーマをはじめ、進学理由や大学院での過ごし方、印象に残っていることなど、様々な角度からのエピソードを掲載しています。

仲地 二葉(なかち ふたば) さん

2024年3月に経済学研究科 博士後期課程 を修了し、
博士(経済学)を授与されました。

 

<博士論文タイトル>
コンビニ加盟店オーナーが過重労働に陥る要因分析
―オーナーの業務遂行過程と従業員との関係に着目して―

大学院時代の研究について

私の研究上の「問い」は、日本の労働者(雇用労働者か否かを問わず)がなぜ体を壊すほど“自発的に”働きすぎてしまうのか、自発的に働きすぎた場合、それは労働者本人の自己責任であって、社会政策上の保護に値しないのかどうかを検討することです。そして、労働者本人の主観的意識ではなく、その人の置かれている客観的状況(たとえば、労働過程そのもの、職場内の人間関係や取引先との関係性、市場の力学という観点)からこの問いに対する回答を得ることです。
現在はフランチャイズのコンビニ加盟店オーナーのケーススタディという形でこの研究課題に取り組んでいます。博士論文ではこれらの問題意識に十分に応える研究ができたわけではないので、引き続き上記の視点から研究を深めていきたいと考えています。

中央大学大学院への進学を決めた理由を教えてください

進学のきっかけは、学部生時代に出会った先輩の何人かが中央大学大学院に在籍していたことでした。私が大学院進学を考え始めたのは学部3年生の秋ごろでした。長時間労働やワークライフバランスについて研究したいと考えていましたが、自分の関心のあるテーマを研究するうえで、どの大学のどの教授のもとに進学すればよいのかはわかりませんでした。そんなときに、当時すでに大学院生だった先輩に自分の関心と受け入れ先研究室について相談したところ、私が関心を持っているテーマは「社会政策」という領域で研究されてきた分野であり、社会政策分野であれば、中央大学の経済学研究科が良いというアドバイスをいただきました。中央大学以外の大学の先生についても調べましたが、結果的には①自分の関心領域に属する先生が多く、多角的な視点から研究指導を受けられるということ、②信頼できる先輩がすでにいたことが決め手となり、中央大学に進学することにしました。

ご自身にとって大学院はどのような場でしたか

私は2015年4月に博士前期課程に入学し、2024年3月に博士後期課程を修了しました。在学中にデンマークへ留学していた10か月間(2020年8月~2021年6月末)を除けば、20代のほとんどの時間を中央大学で過ごしました。そんな大学院生活は私にとって、社会や他者とのかかわりの中で自分をみつめなおし「研究者」という道をもう一度選びなおす場となりました。

実は、博士後期課程へ進学してまもなく、私の進むべき道は研究職ではなかったのではないかと思い悩みました(本来であれば博士前期課程の時にもっとよく考えておくべきでした)。それでも、先輩の助言を頼りに、博士後期課程の2年次まで続けてみて芽が出なければ大学院を去ることとし、その時は決断を保留にしました。そして2年次が終わって3年次の夏、自分は研究者よりもむしろジャーナリズムの世界に興味があるという気持ちを強くして、大学院を辞める決意をしました。しかし、「辞めるのであれば、悔いなく辞めたい」「自分が本来やりたかったインタビュー調査にもとづいた論文を書いて大学院を去りたい」と考え、就職活動、留学準備と並行して研究を続けていました。そのような中で、博士論文のテーマにもなるコンビニ加盟店オーナーという対象に出会いました。

こうして、新聞社への就職活動と研究を並行していく中で、やはり大学院での研究を続け博士号を取得したほうが良いとの考えに至りました。その理由は、「研究者に求められる能力と優れた調査報道を行うジャーナリストに求められる能力とは結局のところ多くの部分で重なる」と感じたからです。もちろん、学術的な議論と手続きにもとづいて新たな知見を提示するアカデミズムと必ずしもそれが求められないジャーナリズムとでは違いがあります。しかし、私は調査報道というものに携わりたいと考えていたので、今の自分のままジャーナリストを目指しても結局は同じ壁にぶつかるのだろうという予感がしました。それならば、きちんと指導してもらえる環境で力をつけようと思いました。
振り返ってみて、右往左往の仕方が自分でも浅慮であるとは思いますが、私はこの先も折に触れて「この道でよいのか」と自分の現在地を振り返り、残りの人生に思いをはせながら、その時々で「これだ」と思った選択を重ねていきたいと思っています。こんな風に「いろんな歩み方があっていいよね」と開き直れるようになったのも大学院という多様な価値が認められる場で過ごしたからこそです。

中央大学大学院へ進学してよかったことについて

たくさんありますが、ここでは2点紹介します。
1つ目は、経済学研究科の学生自治会活動(院生協議会)にかかわったことです。院生協議会は研究科に所属する学生の研究生活をサポートするための組織です。たとえば、共同研究室の割り当て・管理、懇親会の企画、学生生活に関するアンケートの実施、アンケートからわかった院生の要望を大学院事務室や経済学研究科委員長へ伝え、その実現のために折衝する活動などを行っています。

ところで、「経済学研究科」と一口にいっても内部は多くの専門分野に細分化されており、日常的に授業で顔を合わせる学生は先輩・同輩・後輩を含めてせいぜい5~10人ほどです。そのような環境の中、私は院生協議会の活動をとおして、普段関わらない専門領域の学生や教員、他研究科の学生と交流をもつことができました。修了式の際には、直接多くの時間を共にしてきた同専門領域の学生たちのほか、院生協議会の活動をとおして知り合った仲間たちからもお祝いしていただき、本当に嬉しかったです。
2つ目は、事務室の方々と「顔のみえる関係」を築けることです。中央大学大学院はそれほど学生数が多いわけではありませんが、小規模であるがゆえの良さを感じます。経済学研究科担当の事務の方々だけではなく、窓口の受付担当の事務員の方々も、「仲地さん」と名前を覚えてくださり、親切に対応してくださいました(私の在籍期間が長かったことも関係しているとは思います。中には「ふたばちゃん」と下の名前で呼んでくださる方もいました)。学生数が多い他大学の大学院の方から「事務室の人に冷たい対応をされた」という話も聞くので、この点は中央大学の良さだと思います。

大学院時代の印象に残っている出来事について

指導教授、副指導教授の先生方からかけられた言葉が印象に残っています。大学院では多くの先生方にお世話になりましたが、その中でもかかわりが深かったのは、博士後期課程の指導教授であった松丸和夫先生、副指導教授であった鬼丸朋子先生でした。

松丸先生は、研究が思うようにいかず落ち込み、何かと自分を責めてしまう私に対して、「自分が自分を鼓舞することも大事なんだよ。自分で太鼓たたいて笛吹くんだよ。」と声をかけてくださいました。厳しくも暖かく見守ってくれる先生の存在と、自分の不甲斐なさとが相まって、松丸研究室で何度涙したかわかりません。

また、自分が行った調査の内容に自信が持てずにいたとき、鬼丸先生からは「何でこういう角度から調査を行うことが大事だと思ったの?」と質問されました。それに続けて、「自分の直感でつかんだことを簡単に手放してはいけない。その直感を他者にもわかるように論理的に言語化するのが研究者の腕の見せ所なんだよ」と言われました。

両先生方からかけていただいたこれらの言葉は時期も文脈も異なります。しかし、どちらの言葉も研究者として自立するとはどういうことなのかを教えてくれたと思います。研究の起点となるのは私という個人がどう感じ、どう考えるのかということです。だからこそ、まずは問題意識を持っている社会現象について、自分自身はどのように捉え理解しているのか、無意識に前提としていることは何なのかなど、注意深く「自分の視点」を観察し、知らねばなりません。そして、自分の内在的な視点を軸に先行研究を評価することが必要です。そうであるにもかかわらず、私はすぐに先行研究を無批判に受け入れたり、他者から批判されると自分を押し込めてしまったりしていました。私に必要なのは、自分の問題意識や価値判断、先行研究に感じる違和感を粘り強く言語化し、検証することだったのです。
上記のことは研究者が備えるべき当然の態度なのですが、このスタート地点に立つことが私にとっては難しいことでした。もちろん「自分の視点」が的を射ているのかいないのかは丹念な先行研究レビューと他者からの批判にこたえる中で考える必要があるでしょう。しかし、自分で自分を鼓舞しながら、自分に対しても他者に対しても公正さをもって研究を評価する姿勢が大事なのだということを両先生から学びました。

修了後の進路について

修了後は中央大学経済学部の任期制助教として特別講義「雇用システム論」を担当します。

受験生のみなさんへ

中央大学大学院へ進学して、研究者を志して良かったと思っています。私は決して優秀な研究者ではなく、むしろ劣等生です。そんな私が悩み躓きながらもこの職業に魅力を感じて曲がりなりにも博士号を取得できたのは、中央大学の環境があったからです。いつでも私の要望に応じて研究・生活上の相談に乗ってくださった先生方、事務室のみなさん、そして何より、日常の中で多くを語り合うことができた友人たちのおかげです。大学院生活は楽しいことばかりではありません。私に限らず、きっと多くの院生は指導教員との関係性だけではなく、多層な人間関係の中で励まされ、育っていくのだと思います。

指導教員の研究分野や大学名はもちろんですが、大学のサポート体制(ハラスメント委員会やスクールカウンセリングの有無なども含めて)、研究仲間が得られそうかどうかといった観点を大学院選びの参考にしてみてください。みなさんの大学院生活が実り多いものとなることを願っています。
 

 


                                                                                                 ※本記事は、2024年5月時点の内容です。