保健体育研究所

所長挨拶

2024年5月
市場俊之
(商学部教授)

 コロナ・パンデミック前の生活に戻りつつあります。それはしかし、コロナによる「新しいスタンダード」とともにあります。少なくなったとはいえ、「リモートやオンライン」が継続しています。これこそが新しいスタンダードの「ひとつ」なのでしょうか。今般、中央大学保健体育研究所の所長に再任され、研究所活動の推進をあらためて任されました。

 「我々の科学」に関し、50年以上前に世界中のあちらこちらで論議が交わされました。中央大学における当研究所設置の際(1978年)、「保健体育科学を・・(中央大学保健体育研究所規約)」と表記され今日に至っています。「保健体育」や「体育」は学校教育における授業名として今なお使われ続けていますが、「我々の科学」は教育施設におけるものだけではなく、むしろそれらを越・超えた多様な身体活動やスポーツ活動を対象としています。例えば、トップアスリートのパフォーマンス、子どもの運動遊び、そしてまた(中高年の)ロコモティブ・シンドロームほかについて取り扱います。スポーツ全般や個別の競技や種目、運動技術・ルール・用具などへのアプローチもあります。さらに、ウェルネスや地域社会に関連する視点も存在します。これらすべてが「我々の科学」に包含されています。対象への接近方法が自然科学的でも人文科学的ないしは社会科学的でもあり得ます。そのため、「我々の科学」が「学際的であると同時に統・総合的な科学」と言われているのです。「母科学がない」という批判は今でもありますが、実際にスポーツ科学の学会が国内外に存在し、その傘下には上記の様々な領域・分野が成立しています。当研究所の名称は今なお「保健体育研究所」なのですが、世界に浸透している今日的な定義づけを意識しつつ、同時に研究活動の実態に基づけば、「スポーツ科学の研究所」と理解されるべきでしょう。ちなみに、当研究所の英語表記は、すでに2005年の研究所紀要から”The Institute of Health and Sports Science”です。

 研究班の活動は、多かれ少なかれ課外活動(いわゆる「部活」)、FLP、学部授業、「スポーツ振興」と連携・連動しています。そして近い将来、中央大学は、スポーツ系の学部を開設します。より強い研究ネットワークを構築し、機能させ、これを背景に、学内外に成果をアウトプットしなければなりません。

 誰の言か不明ですが、「我々人間の身体は動くようにしかできていない。」、「できれば、ピンピンコロリでおさらばしたい。」、「頭(脳)は運動で鍛えられる。」など、身体活動ないしはスポーツ活動の必要不可欠性を我々はどこか経験的かつ感覚的に認識しています。いわゆる「クール(自然科学的ないしは統計的)なエビデンス」が重宝される昨今ですが、「クール」だけではない、「実体験・経験」から得られた「ホットないしはウェットな感覚知や経験知の積み重ね(「身体性」)」をうまく組み合わせ融合させたいと思います。

 コロナを経て、リモートやオンラインの恩恵に浴しながらも、その限界や「生身の対峙」の欠如を憂いる声も小さくありません。「我々の科学」は、運動やスポーツを実際に行うヒトを端緒とし、個人、複数、グループあるいはチームの活動、かつまた社会現象としてのスポーツを対象とします。観察や実験や資料渉猟に基づいた分析・考察などを経て一定の結論に至る」だけではなく、「得られた知見を現場に還元し、実践に寄与しなくてはならない」のです。中央大学の建学の精神「實地應用ノ素ヲ養フ」は、「我々の科学」のそれと軌を一にしていると考えています。

注:中央大学保健体育研究所の規程上、「保健体育科学」と表記したが、今日的に「スポーツ科学」と理解されたい。