保健体育研究所

高所トレーニング研究班

研究概要

本研究班では、エリートレベルにある男子競泳選手を対象に、競泳トレーニングプログラムにおける"Live-high, Train-high"型(LHTH型)の高所トレーニングの在り方について検討を行っています。とりわけ、「競技力向上を目的としたトレーニングプログラムの中で検討・設定された高所トレーニング合宿」を調査対象とすることに拘りを持って研究を進めています。これまでに、「強化目的」で行われた3~4週程度のLHTH型高所トレーニング合宿時の、①対象者の体調の変動、②Lactate Curve Testより導出された泳速度-血中乳酸濃度曲線の推移、さらには③酸化ストレス度およびレドックスバランスの変動等を測定・分析し、高所トレーニングの効果を最大限に引き出すためのトレーニング処方について検討を重ねています

2024度研究計画概要

HIIT(High Intensity Interval Training)およびSIT(Sprint Interval Training)は、最大酸素借および最大酸素摂取量の改善に効果的であることが知られている。とりわけ、最大酸素借に対する肯定的な影響は、競泳競技のような比較的短時間の最大努力運動時のパフォーマンスの改善に寄与する。近年では、HIIT・SITを低圧低酸素環境下で実施する試みがなされ、体内の低酸素下が短時間の超高強度トレーニングの効果を増強させることが報告されている。一般に、HIITおよびSITでは、ペダリング運動で実施されることが、競泳に特異的な体幹部および上肢の筋群の動員が実現されないため、ペダリング運動に加え、競泳ストロークを模倣する運動様式(以下ではスイムベンチ運動とする)でのHIITやSITを考える必要がある。この点、本研究班では、本年度より、SwimFastProを活用したスイムベンチ運動での超高強度インターバルトレーニングを開始した。
本年度は、エリートレベルにある競技力の高い成人男子競泳選手を対象に、ペダリング運動時のパワー出力の定量化が可能なWattBikeAtomXとSwimFastProを用いたHIITおよびSITを週に1~2回の頻度で継続的に実施し、これらのトレーニング機器によって導出されるパワー出力等の変動を、2~3週間程度の低圧低酸素トレーニング合宿を含む、競泳シーズンを通して定期的に記録していきたい。この点、スイムベンチ運動時では、プル動作時の負荷牽引速度のみならず、リカバリー動作時の速度を定量化するため、3軸加速度計、3軸ジャイロスコープ、3軸地磁気計を備えた小型センサーであるOUTPUT(S&C社製)を活用していきたい。また、この過程で、4~6週に一度、これらの超高強度運動後の血中乳酸濃度および動脈血酸素飽和度を測定・記録していくこととする。これらの基礎的なデータ収集により、常圧常酸素環境下で行うHIITおよびSITと、低圧低酸素環境下(海抜標高1800~2000m程度の競泳合宿施設)で実施されるそれらの超高強度トレーニングとの差違について検討していきたい。なお、低圧低酸素トレーニング合宿を安全かつ効果的に実施し、これまでに当研究班で収集してきた各種データとの比較を行うため、過去数年を通して我々が実施してきた各種測定(血液検査、全血によるヘモグロビン濃度、dROMs,BAP、レドックスバランス、とSIgA等)、さらには酸化ストレスからの回復を促進する水素ガス吸入については継続して実施することとしたい。

過年度研究活動報告

2023年度

■国内調査・測定<高所トレーニング合宿の概要と測定方法>

 本年度においては、昨年度同様、高所トレーニング合宿時の高強度トレーニングが研究対象の体調に及ぼす影響について検討を加えるための資料収集を目的としたトレーニング計画ならびに測定計画を立案した。すなわち、高所トレーニング合宿時に集中的に高強度のトレーニングプログラムを課すことで、競技者の体調がどのような変化を示すか、レドックスバランスを反映するBAP/dROMsおよび免疫力の指標とされている分泌型免疫グロブリンA(SIgA)を用いて検討するとともに、これらの測定項目が、高所トレーニング期終了後の調整期間においてどのような回復傾向を示すか、追加検証を行った。

 本研究では、2024年2月1日~2月16日にアスリーツパーク湯の丸(長野県東;海抜1750m)で実施された高所トレーニング合宿と、その終了後4週間に及ぶ準テーパー・テーパー期間を研究対象期間とし、当該トレーニング計画に自発的に参加したエリートレベルにある男子競泳選手3名を研究対象とした。高所トレーニング合宿は、国際大会代表選手選考会(2024年3月17~3月24日)をゴールとする25週間の競泳トレーニングプログラムにおいて、19~21週目に計画された高所トレーニング合宿であり、その主要な目的は高強度の競泳トレーニングの実施であった。また、22週目は適応期として軽度のトレーニングを処方し、23週目は質的負荷期として再び高強度トレーニングを課し、24~25週目はテーパー期として段階的にトレーニング量を減少させる計画とした。高所トレーニング合宿では、3日間のトレーニング日(1日に1~2回の競泳トレーニング)と1日の休息日で構成した4日を1単位期とし、合計4期に分けてトレーニングプログラムを作成した。第1期(2月1~2月4日)については、低圧低酸素環境に対する馴化期とし、通常のトレーニングの60~70%程度の泳距離を低~中等度の運動強度の競泳トレーニングとしたが、第2期(2月5~8日)、第3期(2月9~2月12日)および第4期(2月13~2月16日)では、何れにおいても、競泳トレーニングカテゴリーにおけるEN4~AN1に相当する高強度のインターバルトレーニングを中心とする、質的負荷を高めた競泳トレーニングプログラムを処方した。この点、高所トレーニング開始前(3週間の平均値)、高所トレーニング第1~4期におけるそれぞれの高強度トレーニングの総泳距離に対する処方割合は、8.0%、6.1%、10.2%,10.2%、9.1%であった。他方、高所トレーニング終了から6日間は、適応期とし、泳距離を半減させ、かつ、上述した高強度トレーニングの割合(5.0%)をほぼ半減させた。その後3週は、高強度トレーニングの割合を再び9~10%程度に高める一方で、週あたりの総泳距離を高所トレーニング合宿時より漸減させていく、所謂テーパリングとした。

 本研究における主要な測定項目は、潜在的抗酸化力(BAP/dROMs)、ヘモグロビン濃度および唾液中分泌型免疫グロブリンA (SIgA)であった。これらを導出するための採血は、高所トレーニング1日前、高所トレーニングの各トレーニング期の最終日(2,5,8,12および15日目)、高所トレーニング終了から4,13,18および25日目の起床から1時間以内に実施した。潜在的酸化能を評価するために必要となる、酸化ストレス度(Diacron-Reactive Oxygen Metabolites;dROMs)および抗酸化力(Biological Antioxidant Potential;BAP)は、指尖より採取した血液サンプルから分離した血漿を用い、ウィスマー社製FREE Carrio Duoによって導出した。一方、ヘモグロビン濃度は、指尖から湧出させた血液をヘモキュー社製ヘモキュー301+にかけることで導出した。SIgAについては、高所トレーニング開始1日前、高所トレーニング開始後7日目および14日目、さらには高所トレーニング終了から1日目および25日目の夕食終了後1~2時間経過時に、lateral flow device(LFD, Soma社製)専用のスワブを用いて規定量(0.5ml)の唾液を採取し、採取後直ちにLFDリーダー(SomaCube、Soma社製)を用いて導出した。

■結果と考察

 一般に、ヘモグロビン濃度は、低圧低酸素曝露により増加する傾向にある。この点につき、本研究では、3名中唯一、本研究以前の高所トレーニングの経験がない1名のみ、高所トレーニング合宿期間において、測定を重ねる毎に増加する傾向がみられた(合宿前;15.4 g/dL、合宿開始2日目;16.9 g/dL、同5日目;17.3 g/dL、同8日目;17.9 g/dL、同12日目;18.4 g/dL)。他の2名については合宿開始前とほぼ同様の値が示されていた(16.67vs.15.81±0.48 g/dL、15.77vs.15.99±0.40 g/dL)。潜在的抗酸化能(BAP/dROMs)についてみると、唯一ヘモグロビン濃度が高所トレーニング合宿中に高まった対象者では、平地(6.77)よりも総じて高い値(7.74±0.44)が示されたが、他の2名において示された高所トレーニング期間の値(8.68±0.58、7.67±0.55)は、高所合宿開始前(9.09、7.42)とほぼ同水準であった。他方、合宿終了後についてみると、下山後4日目(6.02,8.99および7.38)および13日目(6.97,7.81および7.62)においてやや低い値が示された者がいたが、18日目(8.69,9.44および9.89)および25日目(8.71,10.81および8.80)では何れの対象者においても、高所トレーニング時より高い値が示されていた。これらの結果を総括すると、今回計画した高所トレーニング計画、すなわち高強度トレーニングを課す期間を10日程度に設定するプログラムであれば、高所トレーニング時に高強度のトレーニングを処方してもredox balanceの維持が可能であること、また、その後redox balanceを安定して高い水準に維持させられる時期は、高所トレーニング終了から2~4週間後である可能性が考えられる。

 他方、SIgAについては、個体差が大きく、高所トレーニングによる変化傾向は認められなかった。すなわち、合宿開始前(542.0±330.2μg/ml)、第2期最終日(368.1±36.5μg/ml)、第3期最終日(302.4±18.1μg/ml)、第4期最終日(514.7±245.9μg/ml)、終了後25日目(492.4±273.4μg/ml)のSIgA変動をみても、何らかの傾向をみいだすことは出来なかった。

 本研究では、対象者が3名となったため、結論を導き出すことは困難であるが、ほぼ同様の計画で実施された2022年度の高所トレーニング合宿時に得られたデータと併せて考えれば、昨年度の報告で示した結論、すなわち「高所トレーニング時に高強度の負荷を与えた結果蓄積した負の影響から回復させるためには2週間程度の期間を要することと、合宿時の高強度トレーニングにより高まった抗酸化能は少なくとも負荷終了から3週間は維持される。」ことを追認する結果が得られたと考える。したがって、目標とする競技会の3週前には高所トレーニングを完了させ、疲労状態に応じたテーパリングを施すことで、競泳パフォーマンスの改善は達成しやすくなると考えられる。

2022年度

■国内調査・測定<高所トレーニング合宿の概要と測定方法>

本年度では、高所トレーニング合宿時に集中的に高強度のトレーニングプログラムを課すことで、競技者の体調がどのような変化を示すか、レドックスバランスを反映するBAP/dROMsおよび免疫力の指標とされている分泌型免疫グロブリンA (SIgA)を用いて検討することとした。また、これらの測定項目が、高所トレーニング期終了後の調整期間においてどのような回復傾向を示すか、一部検討を加えた。

調査対象は、2022年度の日本選手権に出場した極めて競技力の高い男子大学競泳選手4名とした。高所トレーニング合宿は、2023年2月21日~3月9日まで、アスリーツパーク湯の丸(長野県東;海抜1750m)で実施した。本合宿は、第99回日本選手権水泳競技大会(2023年4月2日~7日)をゴールとする28週間の競泳トレーニングプログラムにおいて、22~24週目に計画された高所トレーニング合宿であり、その主要な目的は高強度の競泳トレーニングプログラムの実施であった。本合宿では、3日間(第1期のみ4日間)のトレーニング日(1日に1~2回の競泳トレーニング)と1日の休息日で構成した4日(第1期のみ5日)を1単位期とし、合計4期に分けて、トレーニングプログラムを作成した。第1期については、低圧低酸素環境に対する馴化期とし、通常のトレーニングの60~70%程度の泳距離を低~中等度の運動強度の競泳トレーニングとしたが、第2~4期では、何れにおいても、競泳トレーニングカテゴリーにおけるEN4~AN1に相当する高強度のインターバルトレーニングを中心とする、質的負荷を高めた競泳トレーニングプログラムを処方した。この点、高所トレーニング開始前3週間、高所トレーニング第1期、高所トレーニング第2~4期におけるそれぞれの高強度トレーニングの総泳距離に対する処方割合は、11.0%、5.2%、14.1%であった。他方、高所トレーニング終了から6日間は、適応期とし、泳距離を半減させ、かつ、上述した高強度トレーニングの割合(6.9%)もほぼ半減させた。

本研究における主要な測定項目は、酸化ストレス度(Diacron-Reactive Oxygen Metabolites;dROMs)、抗酸化力(Biological Antioxidant Potential;BAP)、潜在的抗酸化能(BAP/dROMs)、ヘモグロビン濃度および唾液中分泌型免疫グロブリンA (SIgA)であった。潜在的抗酸化能およびヘモグロビン濃度導出のための採血は、高所トレーニング開始8時間前、高所トレーニングの各トレーニング期の最終日(6,9,13および17日目)、高所トレーニング終了から2、9、14および21日目の起床から1時間以内に実施した。dROMsおよびBAPは、指尖より採取した血液サンプルから分離した血漿を用い、ウィスマー社製FREE Carrio Duoによって測定した。一方、ヘモグロビン濃度は、指尖から湧出させた血液をヘモキュー社製ヘモキュー301+にかけて導出した。また、SIgAについては、高所トレーニング開始8時間前、高所トレーニング開始後2,4,8,12および16日目、高所トレーニング終了から8、14および20日目の夕食終了後1~2時間経過時に(初回を除く)、lateral flow device(LFD, Soma社製)専用のスワブを用いて規定量(0.5ml)の唾液を採取し、採取後直ちにLFDリーダー(SomaCube、Soma社製)を用いて導出した。

 

■結果と考察

低圧低酸素曝露により増加するヘモグロビン濃度については、高所トレーニング期間にほぼ同様の値が示されていた(16.07±0.44~16.59±0.26g/dL)。高所トレーニング前後でみると、何れの対象者においても、高所トレーニング合宿終了2日目(17.02±0.51 g/dL)において、開始前(16.31±0.37 g/dL)よりも高い値が示されていた。高所トレーニング時の期毎のdROMsは、第1期から順に325.00±47.14、321.50±64.30、313.00±37.30、298.50±39.16 U.CARRであり、高所トレーニング開始前の平均値(282.83±17.64 U.CARR)よりも高く示される傾向にあった。高所トレーニングにより高まったdROMsは、高所トレーニング終了から13日間の間、同水準で推移していた(302.50±14.82~316.00±26.70 U.CARR)。一方、抗酸化能力の変動をみると、平常時には2181.75±170.84μmol/LだったBAPは高所トレーニング合宿中に総じて高く示される傾向にあり(2428.25±142.26、2632.75±283.39、2339.25±107.86、2498.50±296.59μmol/L)、合宿終了後についても終了から14日経過時まで高い水準が維持されていた(2264.50±110.49、2234.00±74.70、2440.25±119.06μmol/L)。酸化度と抗酸化力のバランスを示す潜在的抗酸化能(BAP/dROMs)についてみると、高所トレーニング合宿開始前(7.78±1.00)と高所トレーニング合宿中でほぼ変わらないか(第1期;7.59±1.21および第3期;7.55±0.99)、高くなる傾向(第2期;8.45±2.03および第4期8.56±2.09)がみられた。他方、合宿終了後においては、2日目、9日目および14日目において、ほぼ同様の値が示されていた(7.21±0.56、7.40±0.54、7.78±0.99)。これらの結果は、低圧低酸素環境下で実施した高強度インターバルトレーニングにより、体内の酸化は亢進するが、それに応じて抗酸化能力の改善がみられ、レドックスバランスが高い水準で維持されることを示唆するものであろう。

今回は、高強度の高所トレーニング合宿終了から2週間程度の測定を行ったが、この測定以降、テーパリング期間に入っていくことになり、dROMsが改善(低下)していくことが期待される。この点について、高所トレーニング終了から21日目のデータをみると、dROMs(279.25±27.78 U.CARR)は高所トレーニング合宿開始前の水準に相当する値まで下がっていたのに対し、BAP(2345.50±103.29μmol/L)は依然として高いままであり、結果、BAP/dROMsは8.29±0.81という高値が示されていた。これらの結果は、高強度のインターバルトレーニング期に蓄積した負の影響から回復させるためには2週間程度の期間を要することと、合宿時の高強度トレーニングにより高まった抗酸化能は少なくとも負荷終了から3週間は維持される可能性を示唆するものといえよう。

本合宿では、高所トレーニング時の体調を、唾液中のSIgAから評価する試みを導入した。身体負担度が高くなる本高所トレーニング合宿時には、免疫力の低下が予測されたが、高所トレーニング時には、その開始前の値(197.38±78.88 μg/ml)に比して第1期(165.90±24.98 μg/ml)では低下したものの、その後はむしろ増加していた(354.80±206.95、372.30±85.48、233.98±67.79μg/ml)。高所トレーニング後の適応期を経て測定されたSIgAは、高所トレーニング時の中盤から後半時に示された値とほぼ同様であった(354.93±63.14、315.33±82.05μg/ml)。このようなSIgAの結果については、pre値を1回しか測定していなかったことや、本研究におけるサンプル数が少なかったことから、一定の傾向を適正に見いだすことはできなかった。今後、サンプル数を増やし、検討を加えていく必要が考えられた。

2021年度

■国内調査・測定<高所トレーニング合宿の概要と測定方法>

研究対象は、2020年度の日本選手権に出場した極めて競技力の高い男子大学競泳選手8名であった。高所トレーニング合宿は、2021年1月31日~2月22日まで、アスリーツパーク湯の丸(長野県東御市;海抜1750m)で実施した。この点に関し、本合宿終了から8~9日後には、目標としている水泳競技会(国際大会日本代表選手選考会)が開催されるというスケジュールの中で計画した高所トレーニング計画であった。

本合宿では、3日間のトレーニング日(1日に1~2回の競泳トレーニング)と1日の休息日で構成した4日を1単位期とし、合計6期に分けたトレーニングプログラムを作成した(第6期のみ休息日を未設定)。第1期については、低圧低酸素環境に対する馴化期とし、通常のトレーニングの60~70%程度の泳距離を低~中等度の運動強度で泳がせることとした。第2~4期は鍛練期に相当する、要のトレーニング期間であり、第2期ではトレーニングカテゴリーEN2~EN4を中心とする量的負荷期、第3期ではトレーニングカテゴリーEN2~AN1を中心とする質・量的負荷期、第4期ではEN4~AN2水準のトレーニング実施比率を高めた質的負荷期とした。第5~6期にかけては準テーパー期とし、トレーニングの量と質を漸減させるような内容とした。この点、身体負担度が高まることが予想される第4~6期では、高強度のトレーニング負荷により誘発された疲労の軽減を目的に、ハイセルベータPF72(ヘリックスジャパン)によって生成された水素ガス吸入が可能となるような環境設定を行った。この点、1回1時間の高濃度水素ガス吸入(経鼻吸入)については、対象者の意志で実施の可否を決定できるようにした。実際には、第4~6期において、6回程度の水素ガス吸入を実施した対象者は8名中4名であり、残りの4名は1回のみの水素ガス吸入にとどまっていた。

本研究における主要な測定項目は、酸化ストレス度(Diacron-Reactive Oxygen Metabolites;dROMs)、抗酸化力(Biological Antioxidant Potential;BAP)、BAPをdROMsで除した潜在的抗酸化能、すなわちBAP/dROMsおよびヘモグロビン濃度であった。測定のための採血は、高所トレーニング開始後2,5,8,12,16および21日目の起床から1時間以内に実施した。dROMsおよびBAPは、指尖より採取した血液サンプルから分離した血漿を用い、ウィスマー社製FREE Carrio Duoによって測定した。一方、ヘモグロビン濃度は、指尖から湧出させた血液をヘモキュー社製ヘモキュー201+にかけて導出した。これらのデータについて、常圧常酸素環境下との比較を行うため、何れの変数においても、Pre値(2021年10月、12月および2022年1月に採取したデータの平均)とPost値(高所トレーニング終了から42時間程度経過した2022年2月24日に採取したデータ)を測定した。

 

■結果と考察

高所トレーニングによりもたらされるヘモグロビン濃度の増加は、本研究においても認められた。すなわち、高所トレーニング開始から第5期までのヘモグロビン濃度(16.40±1.08、16.46±0.85、16.37±0.85、16.39±1.10、16.61±0.80)は、Pre値(16.33±0.80 g/dL)とほぼ同水準であったが、高所トレーニング第6期(17.29±0.81 g/dL)およびPost値(17.44±0.81g/dL)において有意(P<0.05)に高い値が示されていた。高所トレーニング時の期毎のdROMsは、第1期から順に269.9±57.4、255.8±50.3、241.9±32.6、275.5±53.6、268.5±40.7、267.0±38.7 U.CARRであり、トレーニングによるdROMsの変動はみられなかった。また、これらは高所トレーニング前後の値(263.9±33.9および244.8±54.2 U.CARR)に比しても同水準であった。BAPについては、高所トレーニング期間でほぼ同様であり(2119.4±166.6、2054.6±208.7、2120.9±125.4、2121.6±131.0、2110.0±162.4、2046.5±148.7μmol/L)、合宿前後の常圧常酸素環境と同水準の値が示されていた(Pre値;2155.3±117.2、Post値;1997.8±146.2μmol/L)。酸化ストレス度と抗酸化力の平衡指標であるBAP/dROMsについてみてみると、合宿開始前から第3期までの各期では8を越える良好な値(8.34±1.12、8.18±1.88、8.30±1.72、8.94±1.51)が示され、第4~6期では僅かながらの低下傾向(7.94±1.50、8.05±1.52、7.76±0.91)がみられたものの、期間の有意差はみられなかった。合宿最終期に低下したBAP/dROMsは、常圧常酸素環境に帰還し、休息日1日を挟んでから測定した結果(下山後3日目)、8.43±1.43まで回復したが、この変化も有意なものではなかった。なお、水素ガスを高頻度で吸入した4名と、ほとんど吸入していない4名との間に、dROMs、BAPおよびBAP/dROMsの有意差は認められなかった。これは、本研究で採用した高所トレーニングプログラムにおいては、酸化・抗酸化プロフィールが比較的良好であったため、水素ガス吸入による還元作用の恩恵を受けがたかったことによるものかもしれない。

以上の結果は、昨年度の我々の報告同様、本研究で実施したような準高所環境(海抜1750m)で、かつ、本研究で採用したようなトレーニングプログラムであれば、酸化ストレスの過度な増大を誘発する危険性は低いことを示すものである。この点、我々は、国外で実施した高所トレーニング時(メキシコシティ;海抜2450m)には、顕著なdROMsの増加に起因するレドックスバランスの低下が起きることを確認している。このような高所トレーニング時の酸化ストレス度・抗酸化プロフィールにみられる差違は、海抜標高、すなわち、低圧低酸素刺激の差によってもたらされた可能性が考えられる。ただし、慣れない海外での生活・食事・時差などがもたらす酸化ストレスの影響を受け、酸化ストレス度・抗酸化プロフィールが悪化した可能性も否定できず、現段階では明らかな原因を特定することは困難と言える。したがって、今後も、低圧低酸素トレーニングと酸化ストレス度・抗酸化プロフィールとの関連性について、検討を加えていく必要があるだろう。